『メタバース進化論』読書レポートと私的考察
記事の内容が古い場合がありますのでご容赦ください。

メタバース初心者にとってバイブルとなりうる本。バーチャル美少女ねむが、メタバースの定義にはじまり、その現状と今後の課題、可能性について書いています。
著者自身がメタバース原住民(既にメタバースに練達しており、多くの経験と知見を有する人)ということもあり、
文化や用語、モラルについても詳しく丁寧に書かれています。
加えて、著者が他の原住民に自らインタビューを行い分析した、様々な統計結果を見ることができます。
また、一貫して、メタバースやVRの知識がない人でも理解しやすい言葉で説明していて読みやすくなっています。
冒頭ではメタバースに関して世間的に誤解されていそうな情報や不透明な情報について認識齟齬のないよう、1つ1つ丁寧に説明しています。
著者がたびたび訴えかける自己同一性は強く共感できる部分であり、重要なキーワードとなっています。その視点を軸にして読んでみると、
「一体どのような環境であれば、そこ(VR)に自分が適応できるのか」ということを考えさせられます。
本投稿では読書レポートに加えて、各章毎に、個人的な見解を追想と空想と妄想を交えつつ考察していきます。
『メタバース進化論』は全7章からなっています。
- 第1章:メタバースとは何か
- 第2章:ソーシャルVRの世界
- 第3章:メタバースを支える技術
- 第4章:アイデンティティのコスプレ
- 第5章:コミュニケーションのコスプレ
- 第6章:経済のコスプレ
- 第7章:体からの解放
目次 - CLICKで開閉します -
読書レポート&私的考察
それでは順にレポートしていこう。
考察については、バリバリの私見であるので、同意していただかなくても良いと思っている。
レポート中の用語や固有名称ですが、以下略称とさせていただいています。ご了承ください。
- バーチャル美少女ねむ ・・・ ねむ(敬称略)
- 物理的な現実世界 ・・・ PR(Physical Real)
- 仮想的な現実世界 ・・・ VR(Virtual Real)
1章レポート
メタバースの定義、何がメタバースで何がメタバースではないのか、を明確にしています。
また、アイデンティティ、コミュニティ、経済の三大革命について書いており、
VRやメタバースについて初めて触れる人にも分かりやすい導入部分となっています。
逆にここをしっかり読んでおかないと、解釈を間違えてしまう可能性があると感じた。
1章考察
メタバースの定義に『没入性』『同一性』という言葉が出てくる。
『ゲームにどっぷり浸かれて、これが私だ!と思えるキャラクター』という最高な状態。
プレイヤーはこれを求めている。
MMORPGをやっている人ならわかる感覚と思っている。
こういった価値観があるということを読者に再認識、或いは初めて認識させることで以降の章がより読みやすくなるであろうと思う。
2章レポート
メタバースの最小形であるソーシャルVRと、現在存在する4つのプラットフォームについて説明しています。
プラットフォームごとの文化や、始めるための導入性、またユーザーアンケートの統計データ等を見ることができます。
プラットフォームによってアバターの作成・入手方法が違う点について自身の苦労話についても。
本人のスキルやPC環境によりアバターの導入難易度は違いそうなので、これからVRを始めてみようという人の参考になると思う。
このあたりから、少しづつ、VRでの現状の課題について考えさせられる部分がでてきます。
2章考察
ねむは『VR睡眠で毎日が修学旅行』と言っていたがまさにそうのとおりだと思う。
VRでの距離感
VRでは距離感が近い。(という状況を容易に実現できる)
PRでは絶対にやらないような距離感でコミュニケーションをとることが当たり前になると、
PRではその行為が通報(端的に言うと犯罪)に値するような行為が許されるような状況になっているのではないか。
ただし、後の5章でねむが述べているように、一方的な行為はモラルに反するということは変わらない。
そして当然かもしれないが、PRと比べてあまりにも近い距離感な結果、何かから解放・覚醒する感覚が生まれるかもしれない。 一般的にPRの大人の世界は幼少期の子供の世界に比べると人どうしの距離感がとても遠い。
PRでのMMORPGのオフ会等では数人~数十人でネカフェに泊まることがあるが、VRでも『VR睡眠』という文化があり、 人との距離感や寝息、いびき、その他もろもろ・・・を楽しむことができるようだ。 静かに星を眺めるのもいいだろうと思う。
3章レポート
VRを支える技術、ゴーグルやモーショントラッカー、アバター作成ツール等について説明しています。
特にトラッキングツールの説明は面白かった。『kawaiiムーブ』。こういう文化が生まれるのは必至と納得。
3章考察
ねむはこう言っています。
フルトラ全身の動きを見れば、声がなくても誰だかわかる。
或いは場に出てくる空気、存在感だけでも分かるのではないかと思う。
kawaiiムーブ
一人でやるムーブ、チームでやるムーブ、場のみんなでやるムーブ。 端的に言うと、 DJお決まり文句の「check this out!!」からのキメのポーズだったり、 チームでダンス、音楽セッションで自分のソロパート。 ダンスといえばダンス甲子園、山本〇郎、メロリンキュー。
要は自分だけのアピールタイム。 これを全身を使って自由でダイナミックに表現する楽しみも、VRの醍醐味のひとつかもしれない。
4章レポート
アイデンティティを纏うことについて、説明しています。
声や見た目のことから、『ネカマ』から『バ美肉』へ等。。
バ美肉紅白はとても興味が沸いた。生声vsボイチェン。面白いと思います。
4章考察
可愛くなりたい。誰にでもこんな瞬間があると思っている。
VRでは相対的に見た目が女性の割合が多い
『可愛いは正義』『可愛いは強い』のだから当然かもしれない。
そして印象を受けたのは
『バ美肉』である。
まず、この単語の二文字目と三文字目を見てくれ。いかにもムキムキしてそうではないか。
この単語を初見で想像したのは、オイルテッカテカの二人の超兄貴が浮き輪をもってポージングしている図である。(※絵はない)
『バ(超)美肉(兄貴)』
ヨウツベでたまにサムネをみかけても肉肉しい女ども(のふりをした兄貴)に一瞬で脳内変換されていた。
しかし『バ美肉』は実はとてもポジティブな言葉だった。意味も納得いくのだが、その読みからか、毛嫌いする人もいるそう。
VRの中で暮らしている未来の自分のイメージ
読書中、思い描いた光景があるので忘れないうちにここに書き留めておこうと思う。
※残念ながら絵はないのですが、いつか誰かに絵を描いてもらいたいと思っている💦
一面プールの上空に浮かんだデスクから見下ろしている。 バーチャル美少女ねむを見た影響だろうか、目は大きく、落ち着いているがイキイキとした印象を受ける。そして可愛い。 名前は『あんごるもあ』という。
デスクは足場がなく透明で広い。目の前には変幻自在な複数のモニタ-。なにかプログラミングをしているようだ。 キーボードはやはりPFUの『HHKB HYBRID TYPE-S』。 デスクの端にはPRでは既に失われてしまったYAMAHAの『RBX-6JM』が立てかけてあるが、宙に浮いているように見える。買いなおしたのだろうか。
誰かと会話している。遠くを眺めながらなのか、プールで泳ぐ人たちを眺めながらなのか。右手奥には長いトンネルが延びていて、その先にはいきたい場所があるが、遠くてこちらから出口は見えない。
プールにダイブしたかと思うと、一瞬でまたデスクに戻ってくる。楽しそうだ。
デスクの左側には飲みかけの珈琲とティーポットが置かれている。
そして右手前にはキラキラとした黒いウェディングドレス姿の嫁?とのツーショット写真が飾ってあるようだ。
VRの世界では特別な人を指す言葉があるらしい。
5章レポート
コミュニケーション、スキンシップやバーチャルセックスに至るまで、ソーシャルVR国勢調査を通して様々なデータを見ることができます。
VRの関係とPRの関係は必ずしも一致しない話や、性に関わるデリケートな部分の言及、考察を読むことができます。
5章考察
オンラインとオフラインでの性の不一致。は昔からある。
限られた顔見知りだけの世界ではない、日常的に世界中の人と交錯するような世界になると、様々な課題が顕わになるだろう。
謙虚に向き合っていく必要があると感じた。
6章レポート
経済のコスプレについて、VRでの新たな経済の可能性について説明しています。
今後需要が増えるであろうアバター製作やワールド事態のプロデュース、また分人経済、分人クリエイターという概念等、
1つのものを多人数で制作していく様についても、例を挙げながら説明してくれています。
6章考察
超空間の話では今後の職業やワールド事態の展開について想像を掻き立てられた。
しかしそれと同時に自分自身が今後やれること、何がやれるのか、ということに不安を覚えた。
クリエイターとしての自分を想像しにくい。
無論プログラムを書いたり物を組み立てたり動かしたりするのは好きなのだが、イメージの焦点を合わせるまでもう少し時間がかかりそうだ。
各章各章、本当に色々と考えさせられる。
これは・・・6章内コラムより

医療について
本中には出てこなかったが、VRの世界で治療を受けることができるようになるのか、という期待も出てきた。
ただ、PRの世界とリンクしなければならないことが多いだろうし、法的にも、まだまだ難しいように感じる。
7章レポート
ファントムセンスと『没入性』の話。
人には五感と呼ばれるものがあるように、感覚というのは一番大切な部分。
その感覚を養うための術や、大きい意味で、VRとPRを行き来するためのインターフェースについて説明しています。
7章考察
最後の章。
少し長くなるが、VRについての考えと、可能性について考察してみようとおもう。
VRに絶対的な拒絶感を覚える人と体験性の関連性、成果と対価のギャップ
著書の最後でねむが「覚悟が必要」と言っているように、 受け付けられないことにどう折り合いをつけるのか。
同一性、対価、体験いずれかにギャップを感じると受け付けられないのかもしれない。 また、そもそもで生理的に受け付けられないというのもあるだろう。 PRで彼女に「2次元の女の子を愛するなんて信じられない」と罵られ、涙で枕を濡らした友人を何人も見てきた。 VRを長く体験すればするほど、感じることだと思う。 私もMMORPGに全集中していた頃、似たような感覚を持っていた。
同一性
VRではPRの自分らしさ、個性が隠れてしまい、自分が自分であることを認識しづらいと感じるのではないか。
対価
VRでの三大欲求とその行為に対する対価はPRのそれと同等か。 VRで時間をかけて作り上げたものはPRでは一瞬で無駄になってしまうのではないか。
体験
例えばVRでトレーニングした結果、PRで実感を得られるのか。 疑似的な体験を自分をだましだまし、思い込むしかないのではないか。という思いが蓄積しストレスになる。
相手が分からないことの恐怖
例えばPRで生理的にどうしても受け付けられない人がいるとする。 VRで何の面識もなく(PRでどんな人か知らない)その人と出会い、 非常に密なコミュニケーションを取るような相手になる可能性はある。 MMORPGをやっていたころ、そういうことがあったのを覚えている。
もしPRの彼(彼女)を知ったら立ち直ることができないほど絶望、或いは自殺に至るかもしれない。 極端だがこういった可能性も含めて、克服できるのかどうか、覚悟を決める必要がある。
VRに昔から抱いていた可能性、あきらめていたこと
VRへの期待があるからこそ、それを裏切られたときのギャップは大きいだろうと思う。
私が昔から抱いていたVRへのあこがれ(何かディスコグラフィみたいになっているが・・)
- 中学時代、TRPG(テーブルトークRPG)の「サイバーパンク2.0.2.0.」や「METAL HEAD」で遊び、電脳CYBER好きになった。
- そして史郎正宗の漫画、攻殻機動隊やアップルシードを知り、読み漁った。いろんな意味で際どいシーンは多かった。
- 麻宮騎亜の漫画「コンパイラ」や「アセンブラOX」のファンでもあった。電脳物?だがほぼギャグ漫画。スケールがでかいしマジでバカ。
- 藤島康介の漫画「ああ女神さまっ」では時の操作と物に魂が宿ることに親しみを感じた。
- 河森正治のOVAマクロスプラス(当時はビデオテープかLD)では衝撃を覚えた。CGもそうだが、人とバルキリーのシンクロ。そして実はこの時すでにバーチャルアイドルはいた。
- YAMAHAからVOCAROIDが初めてリリースされたとき、きっと10年後はバーチャルアイドル時代になっているだろうと予見した。
- 2014年にニューヨークでホログラムの初音ミクライブが開催されたとき、心が踊った。何回も観なおし、家に会場を設置したいと思った。
※敬称略。上記作品制作者には敬意を。
メタバース、個人的に満を持してという時期にきているのかもしれない。
今まで正直期待していない部分、前項で書いた同一性、対価、体験への不安があり、 VRに本気になるのは何年先だろうと思っていたが、この本『メタバース進化論』を読んでいると今から始めてみるのも面白いのではないか、と思うようになった。
やってみる価値はある
問題、課題が分かっているならばそれに対処する何かを見つければいい。
環境がどうであろうと、自分の価値は自分で見出すことが大事だと思う。
そしてVRを大いに利用する。利益を生み出し、心と体を充実させればいい。
例えば運動対価はどうか
- 人を見ることで得られる学習性(或いは目の保養か)により意欲向上
- 人に見られることで緊張感が高まり意欲向上
あらゆることについて、プロの動きを間近で観れることほど、学習する者にとってこれほど良い機会はない。
ただし、実際に運動の体験性については課題がある。
例えば体を鍛えようと思ってVRでランニングしようと思っても部屋の中を走り回るわけにはいかないし、
ジムでランニングマシンを使うにしても自宅ほど自由が利くわけではないし、リラックスできないだろうと思う。
VRカプセル
これを解決するには以下のようなカプセルが自宅にあれば可能なのではないか。
人が手足を伸ばしてもすっぽりとはいるくらいの球体カプセル。
中に入ると体は宙に浮き、壁にぶつかることはない。
重力や空調、温度や湿度に匂いと、空間をコントロールする機能が備わっている。
VRゴーグルをつけずともVRゴーグルをつけたときと同様の、或いはそれ以上のVRの視界が展開される。
同時にPRの視界も認識できる。詳しい仕組みはここでは省くので想像してみてもらいたい。
VRの中の地面や壁、プールの水や草原の風、これら全てVRとPR間のインターフェース越しにリアルに体験することができる。 フルマラソンでも、ウォーキングでも、登山でも、スケートやスノボ、水泳、サイクリングや車の運転まで、すべてをリアルに体験できる。 そしてPRの世界と異なる点は、カプセルの安全装置や自身のファントムセンスにより負荷の度合いをコントロールできることである。 PRでは大事故となるような衝撃があったとしても死ぬことはない。人によってはかすり傷すらつくこともないだろう。
この『人によっては』という点だが、著書の中でねむはこう言っていた。
「ファントムセンスとは、プレイするほど強い感覚になっていくとは限りません。」
セラピーを受けることで、このファントムセンスは誰にでも身に着けることができるようなのだが、 人によって伸びしろに差があるようなことが書かれてあったと思う。 かの映画マトリックスの主人公ネオが覚醒していき、敵エージェントの動きが止まったように感じるようになったり、どこにでも瞬時に移動できるようになったりと、 自分の感じるままに全てのことができるようになっていく様があったが、あれに似たような感じだと思っている。
どちらにしても、どれだけ動いても治療が必要になるほどの物理的な被害は被らないシステムがここにある、ということである。
もしこれがPRに実在する世界が来るとしたら、住む場所は地球であろうとなかろうと、どうでも良いことになっているかもしれない。
地中奥深くの暗闇の中、1つの球体の中にいたとしても元気に生活しているであろう。
なりたい自分になれない、と感じる人たちは
しかし、VRを体験することが難しい人もいる。
ねむもこのことについては本書では詳しくは述べてはいなかったと思う。
PRの世界で肉体に何らかの不満がある人はVRにどう適応していくのか。
見えない、聞こえない、喋れない、体を動かすことが困難、痛みにより平常を保てない等。
これはもう、テクノロジーに頼るしかなさそうに思えるが、『生きていかなければならない』という本能の元、ファントムセンスが開発され、感覚を得るようになれるかもしれない。
しかし、そんなことが日常的に起きているとしたら、世界中の大半の人が健康的になっているはずで、
人類にそこまでの進化的な能力があるということは、少なくとも現時点では考え難い。
こればかりは医療の進歩、或いはPRでの肉体を必要としない何か。
肉体的な問題もあれば小さなコンプレックスもある。とてもデリケートだ。
まとめ
以上、『メタバース進化論』についての読書レポートと、完全なる私的考察をやってみました。
私が読み感じたことをまとめつつ、VRへの期待を込めて記事を書かせていただきましたが、
ここでレポートしたこと以外にも多くのことが書かれてあるので、VRやメタバースについて知りたい方は買ってみても良いのではないでしょうか。電子書籍もあるみたいです。
メタバースは運営側にも利用者側にも、テクノロジー的にも法律的にも課題は山積みな現状だと思いますが、 今後大いに期待できる分野ではないでしょうか。
この記事を読んで頂いたことで、心躍る人が一人でもいれば、此れ幸いです。
最後に
ねむの声をまだ聴いたことがないし、youtube動画も観ていない。
もちろんVRについては完全に未体験である。
メタバースについて、通してじっくり学ぶ機会があったことと、
バーチャル美少女ねむに対する初見が本という媒体であったこともあり、先入観なしでこのレポートを書ききりたかった。
ファンになってしまったのでこれからちょくちょく覗いてみようと思う。
そして近いうちに私もPRとVRの二つの世界で活動していくことになるだろう。
『バーチャル美少女ねむ』と『メタバース』の今後の飛躍をここに願う。
2022年 4月 23日 SERVER(あんごるもあ)
おまけ
~何気なくツイートしたら公式からコメントがきた~
よくある光景なのかもしれないけれど、これも何かの縁。読む前から著者に対し好印象を受けた。
読書レポートをしようと思った最初のきっかけはこれがあったからかもしれない。
そのときのスクリーンショットをここに張っておこうと思う。
アンテナを張り巡らせているであろうことが想像できる。


